精神分析とバーチャル空間~ベンヤミン、ブルトンがつなぐもの~

更新日:4月29日

臨床心理士・社会福祉士寄稿 第2弾


 現代のバーチャル・リアリティを臨床心理学の立場から意味づけしようとする場合、臨床心理学のなかでも特に親和性が高いのが精神分析学であると考える


 

 フロイトは人の意識の下に、普段はさまざまな抑圧やしばりのために容易に表に出ない無意識の領域があり、それを表出させる独自のフレームワークをつくって出てきたものを分析することを治療法のもととした。


 フロイトの治療空間のフレームワークは現実に存在するものの日常とは異なるバーチャルな世界で、その中で被分析者は「頭に浮かんだことをそのまま話す」すなわち自由連想を求められる。被分析者が次第に防衛をといて、内面からの自発的、即興的表出が行われるようになり、それを分析者が分析することを続けるうちに被分析者の神経症的な制止もしくは症状が、緩和、軽減されていくということが治療モデルの一つであった。


 「あなたの悩みはどのようなものですか」「原因はなんだと思われますか。」と尋ねていく方法と違って、何が飛び出すかわからない自由連想には、それに適したフレームワークが必要であり、フロイトはそれをつくりあげた。現代のバーチャル空間は技術によって、そのなかでは心の中にある、普段は抑えていることを表出できるすなわち精神分析のアナロジーとしてのフレームワークをつくれるのではないかと考える。そしてその中では、精神分析的療法ではなく、体験者が自らこころをほぐし、こころを広げ、メンタルの問題がある場合はそれが緩和・軽減するような、そんなバーチャル・リアリティの世界があったら素晴らしいと思う。



 芸術・思想の領域では、精神分析とバーチャル・リアリティには、歴史的つながりがあった。

1924年に「シュルレアリスム宣言」を発表したフランスの詩人でシュルレアリスムの創始者の一人、アンドレ・ブルトンは医学生としてフロイト理論を学んだ経歴があり、シュルレアリスム芸術運動にあたっては、精神分析の自由連想と類似した自動記述という方法で作品をつくることを呼びかけた。そして同じくシュルレアリストであったフランスの前衛演劇人、アントナン・アルトーが、演劇用語としてバーチャル・リアリティという言葉を造った。アルトーは「本当の演劇的体験は感覚の穏やかさを揺るがし抑圧された無意識を開放し潜在的な拒絶へと誘う」と述べている。後にコンピューター科学者のジャロン・ラニアーがバーチャル・リアリティをコンピューター用語に援用したのだが、彼は2017年11月の『Wired』のインタビューにて「いまだ存在していない最も重要なテクノロジーはバーチャル・リアリティのなかにいる間に即興で何かを行う手段です」と語っている。


 ユダヤ系ドイツ人の思想家、ヴァルター・ベンヤミン(1892~1940)は、フロイトを独自に研究し、「無意識のふるまい」に関心をいだいていたが、『シュルレアリスム論』のなかで、「イメージ空間…(中略)…それは全面的かつ総合的なアクチュアリティの世界」と述べている。ベンヤミンは1930年代に『複製技術時代の芸術』の論文で、芸術が大量に複写される時代を正確に予見していたとして、いま、再注目されている。


 20世紀前半の芸術・哲学に大きな足跡を残したベンヤミン、ブルトンの二人が、精神分析理論とヴァーチャル・リアリティをつなぐ役割を果たしたことは興味深い。


 臨床心理学の見地からみたバーチャル空間の意義の検討には、多面的なアプローチが可能かもしれない。


2021年12月8日 臨床心理士・社会福祉士 髙橋房子


(参考文献) 『ベンヤミン 破壊・収集・記憶』岩波現代文庫

『現代思想を読む事典』講談社現代新書

『大百科事典』平凡社

『春の祭典 第一次世界大戦とモダンエイジの誕生』TBSブリタニカ

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