心がほぐれる、心が広がるフレームワーク~精神分析、ジャズ、バーチャル空間

更新日:4月29日

臨床心理士・社会福祉士寄稿 第1弾


 私は2006年に『精神分析とジャズの類似性の研究~即興が生起する場の考察』とのテーマで修士論文を書いた。精神分析とジャズはジャンルも成り立ちもまったく異なるが、両者はそれぞれが自由連想、即興演奏を主たる特徴としていることから、精神分析の領域ではジャズとの類似性に着目した研究が、主としてアメリカでさまざまな観点からなされてきた。


 

Lichtenstein,D.は『The Rhetoric Of Improvisation: Spontaneous Discourse In Jazz And Psychoanalysis(即興のレトリック:ジャズと精神分析における自発的対話)』(1993年:ジョンズ・ホプキンス大学出版局)のなかで、ジャズの即興演奏と精神分析の自由連想を「自発的対話」という言葉で結びつけ、形式やフレームワークの見地から、両者の類似性について考察した。彼は「自発的思考すなわちその瞬間に心に浮かんだことに重点をおくことが、他とは違う精神分析の特徴であり、それが忠実に行われれば、ある種の言語的即興が生起するはずである。この対話形式のなかで、真実がそこにあるに違いないと認識することが、分析の基本であり、分析家の仕事は、とりとめのない話が即興的にできるような場を創りだすことにある。」と言う。この“場“が、精神分析のフレームワークである。


 Lichtensteinはジャズについても、「即興演奏はその瞬間、瞬間に自発的に自己を表現する行為であり、素晴らしい演奏をするためにはミュージシャン同志、あるいはミュージシャンと聴衆のあいだで、自発的対話が可能になるような場が必要である」と言う。ジャズには、ミュージシャンであれば誰でも、打ち合わせなしにその場で即興のセッションができるブルース形式や、書いてあるとおりに演奏することが求められない自由度の高い譜面など、いくつもの即興を生み出すフレームワークがある。


 ふたつの即興的自発的表出によってもたらされるものは、精神分析においてはたとえば治療効果であり、ジャズにおいては感動・共感・芸術的創造等となる。


 2006年の論文でとりあげた、アメリカの別の研究者の発表では、精神分析的心理療法のフレームワークのなかで、クライエントが日常では表出できない予想外、かつ自発的な自己表現をおこなうことで、こころの抑圧やしばりから離れ、一時的にせよ自由を得て真の自己を取り戻す事例が、ジャズの即興演奏のアナロジーとして記述されている。


 http://jandcp.nobu-naga.net/jazz_and_psychology/img/jazz_and_psychology.pdf (2006年の論文はこちら)



 15年を経た今、私は前述のフレームワークの類似性が、バーチャル空間にも見出せるのではないかと考えている。すなわち現代の先端技術によってつくられたバーチャル空間のフレームワークが、現実世界との心理的距離や匿名性によって体験者を守り、それによって体験者は日常生活で抱える抑圧やしばりから一時的に離れて、自発的に自己を表出し、心がほぐれる、心がひらくというポジティブな気持ちを味わえるのではないか、ということだ。そういった体験ができるのなら、バーチャル空間のフレームワークは、心の問題の軽減・緩和に効果があると考えられる。もちろん逆のケースもあり得るため、タイプ別に慎重な検討が必要になる。


 今、このテーマを提示することは唐突なことではない。時代の先端をいくバーチャル・リアリティは、120年前のフロイトの『夢判断』、100年前の芸術界のシュルレアリスム運動と意味的なつながりがある。夢の空間はバーチャル・リアリティと見ることができるし、シュルレアリスム運動はバーチャル・リアリティの先駆ともいえる。


 精神分析とバーチャル・リアリティのつながりについては次稿にて記述したい。


2021年12月5日 臨床心理士・社会福祉士 髙橋房子

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